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NUCLEAIRE

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たんぽぽ舎です。【TMM:No2536】
2015年7月15日(水)地震と原発事故情報-1つの情報をお知らせします
                           転送歓迎
━━━━━━━
┏┓
┗■1.戦争法制反対と再稼働阻止運動は一つになろう
 |  戦争法制と原発の密接な関係を検証する
 |  核武装を追求し続けた日本は原発を手放さない
 └──── 渡辺寿子(原発いらない!ちば)

  現在、安倍政権は民意を無視して安保(戦争)法制成立と原発再稼働にやっきになっている。
 安倍政権の政策の柱をなす戦争法制と原発再稼働のつながりについて考察してみると、この2つの政策のつながりの元には、戦後すぐから今日まで核武装を追求し続けた日本の核(原子力)政策があることがわかる。
 アメリカ、フランスが核兵器大国であると同時に原発大国であるのを見ればわかるが、もとより核の軍事利用と平和(商業利用)は表裏一体のものである。
 日本がエネルギーの獲得として導入した原発とその後の展開にも一貫して核武装の意欲が隠れていたのである。
  その観点から戦後の日本の核(原子力)政策の流れを見てみる。

1.原子力導入は核兵器追求から始まった

  そもそも核の利用はウランが核分裂する時に出る厖大なエネルギーを兵器に利用することから始まったので、当たり前といえば当たり前であるが、日本の核(原子力)の導入も最初から核兵器開発を意識したものであり、その流れは今日まで続いている。
 戦後日本の保守政治家には、中曽根康弘のように日本がアメリカとの戦争に負けたのは原爆を持たなかったからだ、日本が世界に伍して行くためには核兵器を持たなければならないと考える者が多かった。
 そのような考えの下、中曽根たち保守三党は1954年3月4日科学技術振興追加予算として原子炉築造のための予算案2億3500万円を提案、成立させた。
 その提案趣旨説明には、驚くことに、「原子兵器を理解し、これを使用する能力を持つため」という文言がはっきりとあったのである。

2.中国を意識した核武装意欲

  1964年10月16日中国が核実験に成功した。直後の11月9日首相になった佐藤栄作はこれに大変な衝撃を受けた。佐藤栄作は、ラスク国務長官に「一個人として佐藤は、中国共産党が核兵器を持つなら、日本も持つべきだと考えている」といっている。これ以後日本の支配層は常に中国を意識して核武装の道を探って行く。

3.非核三原則の裏で核武装を調査・研究

  佐藤栄作は、1967~68年にかけて国会で「核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず」の非核三原則を言明し、日米安保条約によるアメリカの核抑止力(核の傘)への依存を表明。
 しかし佐藤栄作は、その裏で日本独自の核武装の可能性を探り、密かに調査・研究させていた。1969年に作られた極秘文書「わが国の外交政策大綱」(外交政策委員会)には「核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策はとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(潜在能力)は常に保持するとともに、これに対する掣肘(せいちゅう)を受けないよう配慮する」とあった。
 その後日本は、NPTに参加するが、「核武装の潜在能力は常に保持する」というのが、今日に至るまで日本の支配層の基本方針と思われる。

4.軍用プルトニウム生産を追求

  1966年日本の原発第一号となる東海1号炉が発電を始めた。これはイギリス製のコールダーホール型黒鉛炉であった。天然ウランを用いたこの原子炉は、軍用の高純度プルトニウムを生産するために開発された炉で、アメリカ、イギリス、ロシアなどの原爆の多くはこの原子炉の使用済み燃料を再処理して得られたプルトニウムを使った。
 正力松太郎がこの炉を第一号に選んだのは、核武装を見据えてというよりも、コストが低く、早くできるなどの理由からだったようであるが、核武装推進派にとっては願ってもない選択であった。
 しかしアメリカはこの原子炉の使用済み燃料を再処理することを日本に許さず、再処理はイギリスで行われ、得られたプルトニウムはイギリスの原爆に使われた。
 次に、日本は特殊法人「電源開発」が、重水で減速した中性子を用いるCANDU炉をカナダから買って、青森県大間に設置しようとした。しかしインドがこの炉で作った軍用プルトニウムで核実験をしたので、アメリカはこの原子炉の導入も日本に許さなかった。

5.自前の技術で軍用プルトニウム生産炉を作る

  アメリカに妨害されて日本は外国の原子炉を使って高純度の軍用プルトニウムを作ることをあきらめ、自前の技術で高速炉を作ることにした。高速炉も軍用プルトニウムを生産するために開発された原子炉である。ウラン燃料と軽水炉の使用済み燃料から取り出したプルトニウムとの混合酸化(MOX)燃料を炉心に装荷し、そのまわりに毛布(ブランケット)のように核分裂しないウラン238をおく。ここに炉心から放出される高速の中性子が当たるとウラン238が高純度のプルトニウム239に変身するのである。高速炉の高速は「高速中性子」のことで、投入した以上のプルトニウムは作れないので高速に増殖する炉ではない。
 茨城県大洗に建設された高速炉「常陽」は日本原子力研究所(原研)の研究者が設計したもので、後に動燃が原研から取り上げた。日本の核武装を懸念するアメリカカーター政権は当初この原子炉の建設に反対したが、性能試験を終えたらブランケットをはずし、単なる中性子照射炉にすることで妥協した。「常陽」は空冷で、発生する熱は大気に捨て、発電しない。1978~1983年までの性能試験中純度99.2%の超高純度プルトニウム19kgを生み出した。しかし使用済みブランケット燃料の再処理もアメリカによって許されず、大洗のどこかの倉庫に保管されているとみられる。
 その後、日本は高速炉「もんじゅ」の建設に着手し、高純度(軍用)プルトニウムの大量生産を計画した。1994年試運転を開始したが、翌95年ナトリウム火災事故を起こし、停止。2010年5月再開するも、8月燃料交換のための中継装置を原子炉内に落下させ、以後運転不能状態となっている。試運転中に純度99.8%の超高純度プルトニウム17kgを生み出したが、これも炉内の使用済み燃料内に入ったまま取り出せていない。順調に運転すれば年間62kgの軍用プルトニウムが生産できる計算であった。

6.高速炉の再処理施設「RETF」

  高速炉の使用済み燃料から高純度のプルトニウムを取り出すには、高速炉用の再処理施設が必要である。これを動燃は、「リサイクル機器試験施設(RETF)」とわざと目的がわからないような命名をして、1993年着工した。2000年まで7年間で762億円をかけたが、文科省は「もんじゅ」の頓挫でこの計画は破棄したとしている。建物を建設したが、中には何の機器も入れていないというが、800億円近い巨費は本当に建設費だけなのか疑問である。

7.ドイツに核武装をもちかけた日本

  佐藤栄作政権は非核三原則を掲げながら、密かに核武装の道を探っていたことは書いたが、調査・研究だけでなく、ドイツに核武装をもちかけていたことが、2010年10月3日放送のNHKテレビ「“核”を求めた日本―被爆国日本の知られざる真実」という番組で暴露された。1969年2月、この件で外務省の官僚たちがドイツの高官たちと秘密会談を行ったというのである。日本側の交渉担当者村田良平と相手方ドイツの高官も顔を出して証言し、信憑性があり、衝撃を受けた。
 当時アメリカは、アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国の5ヶ国以上核保有国が増えないようNPT(核不拡散条約)を作った。その標的は第二次大戦の敗戦国であり経済復興を遂げた日本とドイツであった。
 当時の外務省の内部文書にある「NPTに参加する結果永久に国際的な二流国に格付けされるのは絶対に耐えがたい」というのが日本の本音であった。
 そこで日本は、同じ立場にあるドイツにともに核武装国になろうともちかけたというのだ。
 ドイツは応じず幻の話に終わったが、ドイツの高官は「日本は超大国を目指し、核兵器を持つこともあり得る」と報告書に記した。日本は本気になって核武装を目指していたのである。敗戦国日本の保守・支配層にとって核武装は今日に至るまで悲願なのである。

8.安保(戦争)法制と原発再稼働は一体

  2011年3.11の東京電力福島第一原発事故を受けて、原発を廃炉にせよ!の機運が高まっていた2011年9月、石破茂(当時自民党幹事長)は「核の潜在的抑止力を維持するために、原発をやめるべきとは思いません」と発言した。
 原子力の憲法といわれる「原子力基本法」は原子力の研究、開発、利用を平和目的に限っている。しかし2012年6月の「原子力規制委員会設置法」の制定時に自民党は政権党であった民主党に働きかけて、原子力基本法第二条に「第二項」を付け加え、その中に「我が国の安全保障に資する」の文言をすべりこませたのです。安全保障に資するとは軍事的力になるということです。この改定は「規制委設置法」の「附則」に、別の法律であり、しかも「規制委設置法」より上位の法律である「原子力基本法」の文言を付け加えるという違法な形で国民の知らぬ間に行われました。
 現在、高純度(軍用)プルトニウムの生産炉「常陽」と「もんじゅ」が止まり、再処理工場も完成の見込みなく、プルトニウム利用を柱とする核燃サイクルは崩壊同然である。
 核燃サイクルを核(原子力)政策の根幹としてきた日本は政策の失敗を認め、核燃サイクルと原発を放棄すべきである。
 しかし、戦争のできる国作りをめざし、安保(戦争)法制成立を強行しようとしている安倍晋三政権にとって石破発言にあるように、核兵器の材料と技術を維持する上で普通の原発も核武装の潜在能力として絶対手放したくないものである。
 安倍政権が、安保法制とともに原発再稼働に必死になる大きな理由はそこにある。原発と核燃サイクルの維持は核保有国、特に中国との対抗上、日本もいつでも核を持てるんだぞと威嚇する材料なのである。それゆえ誰の目にも再起不能な「もんじゅ」をあきらめず、電気は足りているのに、経済合理性も民意も無視して、巨費をかけて原発再稼働を強行しようとするのである。
 アメリカは、カーター政権の頃までは何とか日本の核武装を阻止しようとしてきた。しかし、レーガン政権以降方針を変更し、核武装につながる「もんじゅ」と高速炉の再処理施設の建設(RETF)を容認した。
 それは中国の核が強大になったからである。日本の核武装を禁止するより、アメリカの管理下で限定的に日本を核武装させ、中国と対峙させた方がアメリカの国益に適うと判断したのではないかと、推測される。
 「当面は非核三原則を維持するが、自衛のための必要最小限にとどまるならば核兵器の保有も使用も憲法には違反しない」というのが歴代内閣の見解である。
 現在、審議中の安保法制が成立すると、日米の軍事一体化がより進み、アメリカ軍が配備する核兵器を自衛隊が運用できるようになる可能性もある。今すぐ自前の核兵器を持てなくても、安保法制は日本が核武装に一歩近づく危険性を持っている。
 安倍戦争政権にとって「安保法制」と「原発再稼働」は一体のものである。
 九州電力川内原発の再稼働が切迫している今、安保(戦争)法制反対運動と原発再稼働反対運動はお互いひとつになり、大きな力となって安倍政権を潰すため、ともに闘っていくことが求められている。
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